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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)5852号 判決

本訴原告(反訴被告)

株式会社第一ホテル

右代表者

土屋計雄

右訴訟代理人

小野昌廷

安田喜八郎

本訴被告(反訴被告)

株式会社大阪大一ホテル

右代表者

小板井庄平

右訴訟代理人

馬瀬文夫

小西敏雄

主文

本訴原告が大阪市北区梅田町四番地でなすホテル営業に「大阪第一ホテル」なる表示を用いることにつき、本訴被告が使用差止請求権を有しないことを確認する。

反訴原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は本訴・反訴を通じ本訴被告(反訴原告)の負担とする。

事実《省略》

理由

第一本訴請求について

一(訴の利益)

原告が大阪駅前(大阪市北区梅田町四番)において「大阪第一ホテル」なる営業表示を用いてホテル業を営むことを計画していること、右原告の計画が昭和四六年初め頃新聞紙上で報道されたところ、同年三月二七日被告代表取締役より原告に対し右計画にかかるホテル営業につき「大阪第一ホテル」なる表示を用いないようにとの申入れがなされたこと、そこで原告が被告に対し同年六月九日右ホテル営業につき「大阪第一ホテル」の表示を用いる予定であるが、第一次的には被告との紛争を避けるため「第一ホテル」の表示を用いることも考えている旨通知したところ、被告は原告に対し同月一八日右両表示とも使用しないようにと申入れたところ、原告は右ホテル営業計画の実行に着手しているが、ホテル営業開始に先立ちパンフレットその他の作成配付等種々の宣伝活動をする現実の必要に迫られていること、および右宣伝活動をするためには何よりもまず右ホテル営業についての営業上の表示を決定する必要があること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

したがつて、原告の第一次的請求および予備的請求はいずれも訴の利益があると認められる。

被告は右各営業表示につき不正競争防止法一条一項二号に基づく差止請求権を有する旨主張するので、以下右差止請求権の有無について判断する。

二(大阪大一ホテルの周知表示)

〈証拠〉ならびに弁論の全趣旨を総合して考えると、つぎの事実が認められる。

被告は昭和一一年三月一五日株式会社として設立され、その頃大阪駅から東へ約三〇〇米余の距離に位置する肩書地において「大一ホテル」なる営業表示でホテルを開業し、創業時の施設は地下一階地上三階鉄筋コンクリート建物で客室は三〇室であつたところ、第二次大戦末期戦災により一部焼失したので間もなく復旧し、昭和三三年八月には旅館部を増設する等着実に営業を拡張し、現在の宿泊施設は国際観光旅館に指定されており、ホテル部・旅館部ともに四階建(外にホテル部地下一階)、耐震耐火鉄筋構造で完全冷暖房、客室は和洋室あわせて五〇余を有している。今でこそ大阪市内には戦後新設された大ホテルが続々開業したため次第に被告ホテルの地位が低下してきているが、戦前にはホテルらしいホテルが極めて少数しか存在しなかつたため、関西地方において被告ホテルは一流ホテルと一般に認識されていた。被告はその経営にかかる右宿泊施設(以下単に「被告ホテル」という)の営業表示として、当初は「大一ホテル」なる表示のみを用いていたが、被告ホテルが大阪市に所在するところから大一ホテルに大阪を冠した「大阪大一ホテル」なる表示を漸次併用し、遅くとも昭和三五年には営業表示として「大一ホテル」「大阪大一ホテル」を完全に併用して現在に至つているものであつて、少なくとも被告が原告に対し「大阪第一ホテル」なる営業表示使用禁止を請求した昭和四六年三月当時においては「大一ホテル」および「大阪大一ホテル」なる表示は被告ホテルの営業表示として大阪市を中心とした関西地方において広く認識せられるに至つていた。資本金は現在九、〇〇〇、〇〇〇円である。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、被告の「大一ホテル」および「大阪大一ホテル」なる営業表示はいずれも不正競争防止法一条一項二号のいわゆる周知営業表示であると認めることができる。

三(第一ホテルの著名性ならびに大阪第一ホテルとの関係)

〈証拠〉を総合して考えると、つぎの事実が認められる。

原告はホテルの経営等を業とする会社で昭和一二年一月九日発起人K、H等により資本金一三〇万円をもつて設立され、同一三年四月頃東京新橋において客室六五〇を有するホテルを開業したが、右ホテルは開業当時より近代的設備を有する大ビジネスホテルとして有名となり、原告経営にかかる右ホテルは「第一ホテル」という営業表示で戦前において既に全国的に周知著名になつていた。原告はその後も着実に発展を続け、原告およびその系列会社の営む第一ホテルチェーンのホテル投宿人員数は我国ホテル業界の第一級に位し、原告の株式は昭和三六年より東証第二部に、現在は同第一部に上場されており、現在の資本金は一、二五七、五七〇、〇〇〇円である。原告ホテルの営業表示である「第一ホテル」は全国的に周知著名であつて、著名度においては被告の「大阪大一ホテル」「大一ホテル」とは比較にならない程に大である(なお、被告は新橋所在の右原告ホテルの営業表示は「新橋第一ホテル」であつて「第一ホテル」ではない旨主張するが、右ホテルの営業表示としては、「新橋第一ホテル」「第一ホテル」が併列的に使用されており、一般には新橋(所在)の「第一ホテル」として周知著名であると認められるから、被告の右主張は採用できない)。

そして、原告は大阪駅前にホテルを新設するにつき開業前より数千万円の費用を投じてテレビ・ラジオ・新聞・雑誌広告をなし、開業にあたつては旅行エイジエイトを中心とする約二千人の招待レセプションを行う計画が決定されている。原告の「第一ホテル」が周知著名であるため、これらの宣伝広告およびマスコミの報道等によつて右新設ホテルが開業と共に原告「第一ホテル」のチェーン店として開設された事実ならびにその営業表示が大衆に周知となるであろうことが容易に推認される。

四(大阪第一ホテルの営業表示と被告の営業上の施設又は活動との混同のおそれ)

「大阪第一ホテル」と「大阪大一ホテル」とはいずれも、「オオサカダイイチホテル」と発音され、三字目の「第」と「大」を除けば文字も全く同一である。したがつて、全体観察においては大阪第一ホテルの営業表示は大阪大一ホテルの営業表示に類似していることは否定できないというべきである。

そこで、進んで原告が大阪駅前に新設するホテルに大阪第一ホテルとの営業表示を用いることが、被告の大阪大一ホテルの営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめるものであるかどうかにつき検討する。

(営業規模の差) 原告が「大阪第一ホテル」ないし「第一ホテル」という営業表示を用いて大阪駅前において開業せんとしているホテルの規模は、地上二四、五階、地下四階、客室数七〇〇の大ホテルである。地方、被告ホテルは既に認定したとおり地上四階地下一階の建物であつて、旅館部とホテル部を合計しても客室数五〇余を有するに過ぎず、戦前ならばともかく、現在においては中規模の宿泊施設であつて、両者の営業規模の差は著しい。

(宿泊施設様式の差) 原告が開業予定の右ホテルはいわゆる純粋のホテルであるが、被告ホテルは旅館部とホテル部とが連絡している建物で、宿泊者は和風旅館でも洋風ホテルでも自由に選拓できることになつており、ホテル部といつても宿泊者は玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替えて中に入るという日本旅館式スタイルである等宿泊施設の様式に著しい差暁がある。

このように、原告が大阪駅前に新設開業せんとするホテルは、現に存する被告のホテルとは比較にならない程営業規模が大きく、その間に著しい格差があり、また宿泊施設の様式においても質的な相違があるのに加え、「大阪第一ホテル」の営業表示は現在我国ホテル業界の第一級に位する程著名な原告のホテルの名称に「大阪」の二字を冠しただけであるから、この二字を除くと原告の営業表示と全く同一であり、そのうち「第一」の文字は序数として極めて広く用いられる語であるのに対し、被告ホテルの営業表示中の「大一」は普通用語としては一般には用いられない造語であつて、文字において前者と全く異るから、原告が大阪駅前に新設する前記ホテルに「大阪第一ホテル」の営業表示を用いても、大衆において、そのホテルが被告の大阪大一ホテルの系列に属するのではないか等、右二つのホテル間に経営上何らかの関係が存するものとの誤解を招くおそれは先ずないものと認めるべく、却つて、右の事情によれば原告が大阪に進出した第一ホテルチェーン店の一つであると一般に認識されることが必至であろうと推測されるのである。

つぎに、原告の「大阪第一ホテル」が新設された暁、その施設と被告の「大阪大一ホテル」の施設との間に施設の上で具体的混同を生じるものであるかどうかにつき考えるに、経験則によれば、二つの同一に発音される営業表示が何れも周知であるときは、例えば、その所在地、営業表示の文字その他について特別の注意が払われ、これら放設の特定に役立つそれぞれの特徴を簡潔に表現する語を附加して用いることにより両者を区別するのが一般に行なわれているところであるということができる。そうだとすれば、大衆は「大阪第一ホテル」と「大阪大一ホテル」の各施設を、それぞれその所在地の通称、略称又は営業表示中の差異にあたる文字その他適当な言葉を適宜附加することにより容易かつ確実に区別するものと考えられる。これは大衆にとり煩わしい一面であるが、この程度のことは同一発音の固有名詞の場合通常行われていることであつて、本件の場合堪えられない苦痛であるということはできない。

そうすると、原告が大阪駅前に新設せんとするホテルは「大阪第一ホテル」なる営業表示を使用する行為は、被告ホテルの営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる不公正な競業行為ではないと認めるのが相当である。

被告は、現に大阪市南区八幡筋に訴外大阪観光事業株式会社が小さいホテルを開設し、これに「第一ホテル」および「OSAKA DAIICHI HOTEL」という営業表示を用いたため、一般には右ホテルを「南の第一ホテル」または「八幡筋の第一ホテル」と呼ばれたにかかわらず、これが被告の営業上の施設、活動と誤認混同を来し、被告は主張の如く甚大な迷惑を蒙つた旨主張し証人Yは被告の主張に副う供述をしている。しかし、文字その他明確に区別し得る場合でも被告主張の如くタクシー運転手や日通の取扱者の感違いによる間違い、電話の間違い、郵便物の誤配等が生じるのは相当の注意力を欠力を欠いている人の場合であつて、このような不注意な人が間違える事例があるからと言つて、これを不正競争防止法一条一項二号にいわゆる混同が生じるということはできない。

被告は、原告が大阪駅前に新設するホテルに「大阪第一ホテル」の営業表示を用いると、被告が永年にわたり営々として築き上げて来た被告ホテルに化体された信用名声や、のれん等が希釈化され押し潰されて、粒々として確保して来た得意先が原告の新設ホテルを被告のホテルと混同して利用されることにより失われ、営業上の利益を害される旨主張する。しかし、既に認定したところによれば、原告の「第一ホテル」は被告ホテルより一〇ケ月許り遅れ昭和一二年一月九日設立したのであるが、開業当初から近代的な設備を有する大ビジネスホテルとして世上の評価を得、たちまち周知となつたものであり、被告ホテルが原告ホテルより先に周知となつたと認めるべき証拠はない。「大一ホテル」と「第一ホテル」は共にダイイチホテルと発音され併存して来たのであつて、被告ホテルが今迄ある程度信用名声を築き上げて来たとしても、世人が「ダイイチホテル」と聞けば、それが話されている場所のいかんを問わず、先ず被告ホテルが念頭に浮ぶ程右の称呼が被告を意味するものとして全国的に著名な営業表示であると認めるべき証拠はない。被告は昭和四六年三月一八日現在の商号に改めたのであるが、旧称が「株式会社大一ホテル」であつた当時、被告経営のホテルにつき「大一ホテル」のほか「大阪大一ホテル」の営業表示を用いていた事実に照らすと、それが単に大阪所在のホテルであることを示すだけではなく、被告は大衆が東京における同一発音の原告ホテルの存在を意識することに想到し、それと区別あるいは誤解をさけるために、大一ホテルの正規の営業表示に大阪の二字を冠して併用していたものと推測されるのである。そして、被告ホテルは資本金九、〇〇〇、〇〇〇円であるが、原告ホテルは資本金一、二五七、五七〇、〇〇〇円の我国ホテル業界において第一級に位するものであることに鑑みると、原告が大阪駅前に進出し、ホテルを新設開業するにつき、被告ホテルの名声信用に「ただ乗り」し、そのグッドウイルを盗用するため被告ホテルと同一称呼の営業表示を選んで使用するものであるとは到底認められず、これを肯認すべき事情並に証拠は全くない。

このような事情のもとに、原告の新設ホテルが開業した暁、かりに開設前ならば被告ホテルを利用したのであろうと思われる顧客が原告の新設ホテルに宿泊し、被告がそのため不利益を蒙ることがあるとしても、それを被告主張のように原告の新設ホテルを被告のホテルと誤認混同の結果がもたらしたものであると推断することはできないであろう。また、かりに被告の従来の顧客が原告の新設ホテルを利用する事実が生じ、原告がこれにより何らかの利益を得るとしても、この原告の利益は法律上の原因なくして被告の財産又は労務により受けるものではないから、被告との間で、原告が不当に利得するという不公正な関係にあるものではない。したがつて、原告の新設ホテルの開業により、被告と同一称呼のホテルが現われ、被告の営業表示の表示力がその限りにおいて事実上希釈化するとしても、既に判示したとおり、被告の営業表示の中核をなす「ダイイチホテル」との称呼が他に存在することなく被告ホテルを意味するものとして全国的に著名であつたとは認めることができず、原告の大阪駅前の新設ホテルに「大阪第一ホテル」の営業表示を使用する行為が違法又は不公正な競業行為であると認めることができない以上、己むを得ない結果であつて、被告において右希釈化の防止のためには適当な自衛の方法を講ずるの外なきものといわざるを得ない。

また、被告は被告ホテルの所在を尋ねられた人が感違いして原告ホテルの所在を教えたり、タクシー運転手が被告ホテルに宿泊予定の顧客を原告ホテルに送り届ける場合が生じる旨主張する。原告ホテルと被告ホテルの両者の存在を知つている人であればかかる間違いは通常生じない。問題は被告ホテルの存在を知らず原告ホテルのみを知つている人の場合には右の如き場合が生じると考えられるが、これはむしろ被告「大阪大一ホテル」の周知度が低いことに起因する結果であるというべきであるから、仮にこのような結果が生じるとしてもこのことの故をもつて周知表示そのものを基礎とする差止請求権発生の理由とすることはできない。

五以上で明らかなとおり、原告が大阪市北区梅田町四番地でなすホテル営業に「大阪第一ホテル」なる表示を用いても、その表示は被告ホテルとの間に混同を生ぜしめるものではないと認められるから、その余の点について判断するまでもなく、被告は原告の右営業表示使用に対し差止請求権を有していないといわざるをえない。したがつて原告に対する本訴第一次的請求は理由がある。

第二反訴請求について

一被告の周知営業表示「大阪大一ホテル」に基づく原告の「大阪第一ホテル」なる営業表示使用差止請求が認められないことは、本訴第一次的請求について判断したとおりである。

二被告の営業表示「大一ホテル」がいわゆる周知と認められることは前記第一、二において認定したとおりである。

そして、前記第一、三における説示と同様の理由により、「大一ホテル」と「第一ホテル」とは、外観および観念上相違するが、称呼において同一であるから、総合的に判断すると結局両者は類似すると認めざるを得ない。

しかし、原告の新設ホテルに「第一ホテル」という営業表示を使用したとしても、前記第一、四における認定ないし説示と同様(「第一」と「大一」と区別がより鮮明化されるうえ、原告の著名表示「第一ホテル」そのままを使用することになるから、「大阪第一ホテル」の場合よりも両者の区別が強化される)、原告新設ホテルと被告ホテル間において不正競争防止法一条一項二号にいわゆる営業上の施設または活動の混同を生じるおそれはないと認められる。

したがつて、被告の周知営業表示「大一ホテル」に基づく反訴請求も理由がない。

三結局、被告の原告に対する反訴請求はすべて理由がない。

第三結語

よつて、原告に対する本訴第一次的請求は理由があるからこれを認容し、被告の原告に対する反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大江健次郎 楠賢二 庵前重和)

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